【ふれなばおちん最終回考察】龍と夏がプラトニックな愛を貫いた理由|事故の意味と龍の生死を読み解く

少女漫画/大人の恋愛

「ふれなばおちん」主婦の恋愛を描く”きわどい”ラブストーリー



⚠本記事では最終巻ネタバレを含む内容の考察を含みます


「ふれなばおちん」は、小田ゆうあ先生による大人向けの純愛ラブストーリー漫画です。

不倫を題材にしながらも“家庭か、好きになってしまった相手か”という究極の選択に揺れる主婦の心情を丁寧に描いた作品です。










物語の主人公・上条夏は、夫と二人の子どもを大切に思う、ごく普通の専業主婦です。

家族のために毎日家事と育児に追われ、自分のことは二の次で、ノーメイクで身なりにもあまり構わない“おばちゃん”として暮らしていました。

夫の部下である若い男性・佐伯龍と出会ったことで、長い間封じ込めていた「女としての自分」が少しずつ目を覚ましていきます。

「ふれなばおちん」の最終巻では、派手な決着や明確な答えを提示しない分、

読み終えたあとに“引っかかり”が残る結末として、複数の解釈が可能な終わり方になっています。

特に読後の疑問で多いのは、

  • なぜ二人は最後まで一線を越えなかったのか
  • なぜ終盤で龍の事故が描かれたのか
  • 事故は「死」を意味しているのか?

という点です。
本記事では、その3点を軸に考察していきます。

本記事では「ふれなばおちん」の結末ネタバレを含んだ考察をまとめます。




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なぜ龍と夏は最後まで「プラトニックな愛」を貫き続けたのか

週末漫画ホリデイ

想いが通じたホテルでの密会と、二人の選択


龍と夏の恋愛がプラトニックを貫いた理由。

それはまず大前提として、「夏の意志によるもの」です。



それに加えて、龍と夏の二人が求めていたのは満たされない箇所を埋めるための

「逃げ場としてのかりそめの恋」ではなく、

心からお互いを想う真実の恋だったからこそ、

プラトニックな関係を貫き通したと考えられます。

一線を越えることで、この気持ちを「不倫」と呼ばれる関係性にしてしまうことに抵抗があった夏。

龍の沖縄行きによってお別れを決意した二人でしたが、みどりの協力もあり、旅立ちの前にホテルで密会する機会を得ます。

密会場所のホテルの一室で再会した二人。

想いが通じているにもかかわらず、夏は、はっきりと触れ合うことを拒否します。

夏にとって龍は、

  • 家事と育児に埋もれていた自分を「女として」見てくれた存在
  • 妻でも母でもない“女性としての夏”を思い出させてくれた相手





一方、龍にとって夏は、

  • 上司の奥さんではなく1人の女性だった
  • 人として誠実で、愛を与え続けてくれる存在



もし二人が肉体関係を持ってしまえば、
その瞬間にこの関係は 「不倫」というカテゴライズがされてしまいます。


・夏は「家族を裏切った女」になる
・龍は「人の家庭を壊した男」になる


その未来がはっきり見えていたからこそ、
二人は“想いが本物であるほど、一線を越えない”という選択をしたのではないでしょうか。

プラトニックであり続けたのは、
確かな愛を守るための自己規制だったと読めます。










「ふれなばおちん」というタイトルが示している物語のテーマ

週末漫画ホリデイ



タイトルの「触れなば落ちん」は、まさに二人の関係性そのものを表しています。

  • 触れてしまえば落ちる
  • 落ちれば二度と元には戻れない

だからこそ、二人はずっと「触れそうで触れない距離」を保ち続けます。

この作品は、家庭を持つ人妻が恋愛をして、両想いになり、別れるまでを描いています。

両想いにはなったけど、結果として「不倫には至らなかった」というわけではなく、

“両想いを認識しながらも、不倫をしないという選択を選んだ苦しさ”を描いた物語です。

そのおかげで物語の最後まで緊張感が保たれました。


また肉体関係という明確なゴール(あるいは破滅)は、
あえて描かないことで、「触れぬまま、落ちる手前で踏みとどまった本気の恋」になったのだと考えられます。








最終回で描かれた「龍の事故」は何を意味しているのか

週末漫画ホリデイ



龍は死んでしまったのか?生死が明言されない理由

作中では、龍の生死の行方ははっきりと描かれていません。

これは生死描かないことで作者の意図的に「解釈の余地」を残しているといえます。

龍が、本当に亡くなったのか?

もしくは一命をとりとめ、生きてはいるが、もう交わらない存在になったのか?

漫画の結末から判明するのは、龍の運命がどちらであっても、

夏の人生に「かかわらない存在」になったことに変わりがない、ということです。



むしろ作品の結末として描きたかったことは、龍がどうなったかではなく、

夏が「龍と生きる未来」を選ばずに恋が終わった

という事実なのかもしれません。












事故が描かれた理由と、後味が悪い結末の意味

週末漫画ホリデイ



夏との別れを決意した龍が東京を離れ、沖縄で劇団の活動に励む姿が描かれた終盤に突然差し込まれる龍の事故描写。

この後龍が亡くなってしまったのかは明らかにされておらず、読者の解釈に委ねられた結末となっています。




この事故は、
物語上の現実の出来事であると同時に、象徴的な意味合いを持っていると考えることができます。

これを二人の恋愛の結末の象徴として捉えるなら、龍は交通事故で亡くなってしまったと解釈することもできます。

結末に交通事故が描かれたことで、二人の関係に “強制的な終止符” が打たれました。

選べなかった未来を完全に閉じる役割を果たすための、交通事故なのではないでしょうか。

つまりラストの「龍の事故end」は、二度と以前の距離感には戻れないという決定打。
夏の人生から「いつか龍と再会する可能性」が完全に遮断された瞬間です。


もし自然消滅や話し合いだけで終わっていたら、
夏の人生のどこかに「もしもまた会えたら・・・」が残り続けたはず。

その可能性は絶たれたということを描ききって、物語は幕を閉じました。










漫画「ふれなばおちん」最終回が伝えたかったこと

週末漫画ホリデイ



夫の冗談がきっかけで始まった、「主婦・夏の恋愛」。

この物語の結末は、夏と龍が結ばれてハッピーエンドだったり、

家庭を壊して再出発などといった、わかりやすい着地にはなりませんでした。

けれどその代わりに、恋を知ってしまったからこそ、想いを諦める強さや
誰かを深く愛しても、選ばないという決断

という、大人の純愛が描かれました。

「ふれなばおちん」は、
触れなかったからこそ成立した愛の物語であり、
落ちなかったからこそ、読者の心に長く残る結末だったといえるかもしれません。

漫画「ふれなばおちん」には公式スピンオフが存在します!




ふれなばおちんには公式スピンオフが存在します。

それが、単行本として発売された「ふれなばおちん~あの恋を忘れない~」です。

原作本編の人物たち、特に夏と龍の恋模様を、小牧良・若林みどり・夫・上条義行の視点から描いた物語で、本編ファンにとって「真の最終話」として位置づけられている一冊です。

もともとは『分冊版』として複数のエピソードが個別に配信されていましたが、現在流通している「合本版」はその4冊分をまとめた総集編として楽しむことができます。



本記事で触れた「龍は死んでしまったのか」や、事故のことを夏が知るときがくるのか?などの疑問点が明らかにされていないのが残念ですが、本編を読み終えた方はこちらもぜひチェックしてみてください!



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